8月31日(土)挑むオンナたち 2019夏
夢に向かって走り続けるー
伝えたいことがあって挑み続けるー
挑むオンナたちのアツイ夏に密着しました。
ponちゃんこと岩元みささん、世界一過酷と言われるウルトラマラソンを走る人です。去年4月、サハラマラソン237キロを走破。10月にはイランのシルクロードマラソン230キロを完走しました。1週間分の食料が入った大きな荷物を背負って灼熱の砂漠を駆け抜けました。
春、ponちゃんは南さつま市の観光協会に飛び込んでいました。“過酷な砂漠を疑似体験できるマラソン大会を鹿児島で開催したい”場所は、日本の三大砂丘の一つ『吹上浜』!ponちゃんのアツイ思いは事務局長の園田さんに届き、開催が決まりました!会場の視察やいろんな所に相談に行ったりと準備を進めます。
ponちゃんは大会の準備をひとまず置いて、アフリカ・ナミブ砂漠(251キロ)に挑みました。3回目の砂漠マラソン。上位入賞を狙いとばしましたが、左足が肉離れに。でも最後まで諦めず、足をひきずりながら執念のゴールを果たします。
帰国したponちゃん、砂漠マラソンの準備に取り掛かります。ponちゃんは完走した全員に手作りのメダルをプレゼントしようと準備していました。
人間関係で悩み高校を自主退学、再入学した学校で陸上の練習・規則についていけず、挫折した10代を送ったponちゃん。その後チャレンジをし始めたponちゃんが気付いたことー
『つまらないのは―周りのせいではなく、自分がチャレンジしようとしていないだけ』
チャレンジする楽しさをみんなで感じてもらえらたらうれしい、ponちゃんがこのマラソン大会をやりたい理由です。
大会当日。南さつま市のみなさんとponちゃんの応援団が大集合。準備は万端でしたが、まさかの雨が。
「砂漠の体験と真逆の過酷を味わってもらおうと思います」それでもponちゃんはどこまでも前向きです。
雨の中、大会には県内外から100人が集まり、いよいよスタート。リュックを背負って走る参加選手、鹿児島で広がる砂漠マラソンの風景です。
ゴールした人たちに、ponちゃん手作りのメダルがかけられます。過酷を求めてやってきた100人の選手たち、見事全員が笑顔で完走です!
「最初は天候の心配もあったんですけど、それもはねのけて皆がチャレンジを楽しんでくれたのが一番嬉しいです。第2回をしたいですね」
こうして、この夏ponちゃんはまたひとつ夢をかなえました。次なる夢は南極大陸を走ること!ponちゃんの無謀な夢、どこまでいくんでしょう。
「ここは時々来ます。母が思い入れのある場所でもあるし」
マルヤガーデンズ 屋上庭園ソラニワ。ここで母への思いを語ってくれたのは、鹿児島市でダンス教室を開きながら舞台で活躍するダンサー・玉川智美さん。踊ることが大好きだった智美さんは3歳からバレエを始め、母の勧めで15歳でモナコへ海外留学。その後クロアチアの国立劇場バレエ団などに入り、本格的なダンサーの道へ。
しかしその先に待ち受けていたのは、競争続きの厳しい現実。楽しかった日々はいつしか苦悩に変わっていました。そんなとき支えてくれたのが母の「信念をもって」という言葉でした。
智美さんの母・玉川惠さん、丸屋本社の元社長、鹿児島市の女性活躍アドバイザーなどを務め、鹿児島のまちづくりに尽力した信念の人です。
智美さんはモナコ、イギリス、クロアチアでバレエ技術を学び、支えてくれた母のいる鹿児島へ5年前に戻ってきました。様々なアーティストとコラボレーションするなど、智美さんのバレエの枠を越えた新たな挑戦は大きく評価されました。
母の言葉を胸に挑み続ける毎日。しかし母の惠さんがガンに侵されていることが発覚。智美さん、そんな母のための公演に挑むことを決めました。選んだのはバレエの代表曲「ボレロ」です。
しかし公演前日、智美さんの母・恵さんが亡くなりました。今なら母はどこからでも見てくれる…そう気持ちが切り替え、智美さんは舞台に挑むことを決めました。
「昨日母が他界しましたが、母の人生もボレロのようだったなと感じました。
他界した母も一番楽しみにしていたと思うので心を込めて踊りたいと思います」
全力で踊り続けた15分、母に捧げた命のボレロでした。
公演から3ヶ月後ー智美さんは母が好きだった場所に向かいました。
偉大な母の背中に挑んでいく智美さん、決意の夏です。