開局から50年経ったKTSが鹿児島の歴史を映像で振り返りました。膨大な映像資料の中からスポーツからあの話題まで。今の映像を織り交ぜながらお送りしました。
開局50年のKTSが映像で鹿児島を振り返る。
【コアラ】
1984年10月、鹿児島市の平川動物公園に誰もが待ちわびていたあの人気者がやってきました。
そう、コアラのハヤトとネムネムです。鹿児島で見られるようになった背景には平川動物公園で働いていたある一人の獣医師の尽力があったのです。毛皮を狙った狩猟などで1900年初頭、絶滅の危機に瀕していたコアラを救うため、オーストラリアでは一時輸出を禁止していました。獣医師の梶原さん達はオーストラリアでコアラの飼育や講習を受け。そして、1980年に解禁。友好のシンボルとしてコアラが平川動物公園にやってきました。
いよいよ一般公開が始まった週末にはコアラを待ちわびる1万人以上の長い列が出来ました。梶原さんはその後もコアラと寄り添い日本で初めてコアラの繁殖に成功しました。梶原さんの想いは若い人へと引き継がれ今では11頭のコアラを見ることができます。コアラがやってきたあの日、鹿児島は2頭のコアラに熱狂しました。
【柴田亜衣選手】
2004年のアテネ五輪。鹿屋体育大学4年生の柴田亜衣選手が世界を驚かせ、鹿児島を熱狂させました!レースは金メダルの本命だったロール・マノドゥ選手に柴田選手が中盤で追いつき、残り50メートルで逆転。そのままゴールし見事優勝を果たしました。初出場のオリンピックでの金メダル獲得。日本人女子としては初となる自由形の金メダリストという快挙でした。
あの熱狂から14年、柴田さんは2008年に現役を引退。引退後は水泳の楽しさを、子どもたちに教える活動を行っています。
【太陽国体】
1972年、第27回国民体育大会「太陽国体」が鹿児島県で開催されました。炬火の最終ランナーとなったのは
当時、実践女子高3年、北林裕子さんでした。
あれから46年、北林裕子さんは結婚、いま東京で暮らしています。