【鹿児島この一年】火山・地震・豪雨…“日常が奪われる瞬間” 鹿児島が直面した1年の教訓
2025年12月18日(木) 18:46
シリーズで放送している「鹿児島この一年」。
18日は災害についてです。
地震に大雨、火山の噴火とこの1年に鹿児島を襲った様々な災害を振り返ります。
2025年の鹿児島は、南国らしからぬ大雪で始まりました。
野平美奈子記者
「道路と道路の境目が分からなくなるほどの雪が降り積もっています」
2月、強い寒気によって断続的に雪が降り続け、桜島も中腹あたりまで雪化粧。
鹿児島市でも高台は一面、銀世界に。
雪で滑って空回りする車もみられました。
住民
「朝から融雪剤をまいた。1~2度下がるだけでこんな状況になる」
そして2025年は火山活動が活発な年でした。
林佳伸記者
「鹿児島市の吉野です。車で巻き上げられた灰で視界が悪くなっています」
5月、桜島が146回もの噴火を観測。
ひと月で100回を超えたのは、5年ぶりのことでした。
住民は灰の掃除に追われました。
住民
「火山灰を流さないとどうしようもない。でも流してもきりがない」
そして噴火したのは、桜島だけではありません。
6月、霧島連山の新燃岳が2018年以来7年ぶりに噴火。
7月3日の噴火では噴煙が火口から5000メートルの高さまで上がり、鹿児島空港を発着する便で欠航が相次ぎました。
火山灰の影響はこんな所にも。
中川雅温記者
「高千穂河原です。今朝から蛇口をひねっても水が出ない状態が続いています」
霧島市内の組合が管理する一部地域で断水が発生。
新燃岳の火山灰が雨で土石流となって送水管が流されたことが原因とみられ、飲食店や温泉施設が休業に追い込まれました。
田口水利組合・深町四雄理事長
「自分たちの手に負えない。米作りができないとなれば地域が沈没してしまう」
霧島田口では流されてきた火山灰や岩がかんがい施設の取水口をふさぎました。
田んぼに水を引き始める前の出来事に関係者は当時、不安を口にしていました。
新燃岳の噴火から約半年。
16日、現場を取材すると取水口は土砂が取り除かれ、以前のように水が通っていました。
土石流で埋まった砂防ダムも土砂の撤去が終わり、水の通り道がはっきりと確認できます。
田口水利組合・後藤辰美さん
「新燃岳の灰が入り込んだ田んぼもいっぱいあったが、その期間が短かったことが良かった。影響がいつまで続くのかが心配」
恵みとともに脅威をもたらす。
「火山とともにある鹿児島」を改めて認識した一年となりました。
6月、鹿児島市から南に約250キロ、トカラ列島を絶え間ない地震が襲いました。
島民
「寝られない日々が続いています」
震度1以上の地震はこれまでに2300回を超え、十島村の小宝島の学校では10メートルほどの地割れが発生。
そして7月3日には。
悪石島で一連の地震で最大となる震度6弱を観測。
崩壊した斜面にひしゃげたガードレール。
先祖が眠る墓石も倒れました。
命の危険があると住民の半数以上が一時、島を離れました。
避難住民
「不安で夜も眠れなかった」
その後、地震が少なくなり、島民全員が島での暮らしを再開した9月、特別な祭りが行われました。
悪霊を追い払い、生きる力を分け与えようと島民を追いかけ回すのは、仮面神「ボゼ」。
ユネスコの無形文化遺産に登録された、まさに島民の誇りです。
島民
「ボゼがないと悪石島じゃない」
「ずっとずっと守り続けます」
終わりの見えない地震の恐怖に、島民全員で立ち向かう姿がありました。
夏になって鹿児島を襲ったのは記録的な豪雨。
8月8日、前日からの大雨の被害が、霧島市、姶良市で次々と報告されていきます。
霧島支局・徳永健一記者
「姶良市蒲生町の土砂崩れの現場です。住宅が押し流されているのがわかります」
姶良市では裏山が崩れて家屋が倒壊し、住人の30代の女性が亡くなりました。
国道10号線にかかる網掛橋が不通となるなど、私たちの生活を一変させました。
この災害から2週間後、薩摩半島付近で突如発達した台風12号がさらなる被害をもたらします。
坪内一樹キャスター
「鹿児島市の紫原です。横殴りの風が吹きまして、雨が打ちつけています」
特に大きな被害が出たのが、南さつま市です。
加世田川が氾濫し、内山田地区では住宅の2階辺りまで浸水。
住民が消防に救助されました。
鹿児島市でも和田川が氾濫。
周辺では浸水した住宅で泥のかき出し作業が行われました。
8月に発生した2つの豪雨災害で、2人が死亡し、軽傷者は10人。
住宅の浸水被害は約1900棟に上りました。
4カ月たった今も被害の爪痕は、各地に残ったままです。
線路の土台が流出し、不通が続くJR肥薩線では、復旧に向けた工事が始まりましたが、運行再開にはさらに半年を要する見込みです。
こちらは姶良市加治木町にある龍門滝温泉。
市民に愛されるこの施設も、大雨によって設備が破損。
復旧のめどは立たず、館内は被災した当時のまま、乾いた泥が積もっています。
霧島市隼人町の県道475号線は、斜面崩壊により2.3キロにわたり通行止めが続きます。
松永地区自治公民館・津曲博明館長
「付近住民の生活道路なんです。復旧は喫緊の課題」
復旧に向けた工事は2026年2月末に始まる見通しです。
2025年も多くの災害が鹿児島を襲いました。
被災地は復興に向けて着実に前進しています。
しかし、今もなお、元の生活に戻れていない人もいます。
今、私たちには被災地の現状を知り、寄り添う心が求められています。
18日は災害についてです。
地震に大雨、火山の噴火とこの1年に鹿児島を襲った様々な災害を振り返ります。
2025年の鹿児島は、南国らしからぬ大雪で始まりました。
野平美奈子記者
「道路と道路の境目が分からなくなるほどの雪が降り積もっています」
2月、強い寒気によって断続的に雪が降り続け、桜島も中腹あたりまで雪化粧。
鹿児島市でも高台は一面、銀世界に。
雪で滑って空回りする車もみられました。
住民
「朝から融雪剤をまいた。1~2度下がるだけでこんな状況になる」
そして2025年は火山活動が活発な年でした。
林佳伸記者
「鹿児島市の吉野です。車で巻き上げられた灰で視界が悪くなっています」
5月、桜島が146回もの噴火を観測。
ひと月で100回を超えたのは、5年ぶりのことでした。
住民は灰の掃除に追われました。
住民
「火山灰を流さないとどうしようもない。でも流してもきりがない」
そして噴火したのは、桜島だけではありません。
6月、霧島連山の新燃岳が2018年以来7年ぶりに噴火。
7月3日の噴火では噴煙が火口から5000メートルの高さまで上がり、鹿児島空港を発着する便で欠航が相次ぎました。
火山灰の影響はこんな所にも。
中川雅温記者
「高千穂河原です。今朝から蛇口をひねっても水が出ない状態が続いています」
霧島市内の組合が管理する一部地域で断水が発生。
新燃岳の火山灰が雨で土石流となって送水管が流されたことが原因とみられ、飲食店や温泉施設が休業に追い込まれました。
田口水利組合・深町四雄理事長
「自分たちの手に負えない。米作りができないとなれば地域が沈没してしまう」
霧島田口では流されてきた火山灰や岩がかんがい施設の取水口をふさぎました。
田んぼに水を引き始める前の出来事に関係者は当時、不安を口にしていました。
新燃岳の噴火から約半年。
16日、現場を取材すると取水口は土砂が取り除かれ、以前のように水が通っていました。
土石流で埋まった砂防ダムも土砂の撤去が終わり、水の通り道がはっきりと確認できます。
田口水利組合・後藤辰美さん
「新燃岳の灰が入り込んだ田んぼもいっぱいあったが、その期間が短かったことが良かった。影響がいつまで続くのかが心配」
恵みとともに脅威をもたらす。
「火山とともにある鹿児島」を改めて認識した一年となりました。
6月、鹿児島市から南に約250キロ、トカラ列島を絶え間ない地震が襲いました。
島民
「寝られない日々が続いています」
震度1以上の地震はこれまでに2300回を超え、十島村の小宝島の学校では10メートルほどの地割れが発生。
そして7月3日には。
悪石島で一連の地震で最大となる震度6弱を観測。
崩壊した斜面にひしゃげたガードレール。
先祖が眠る墓石も倒れました。
命の危険があると住民の半数以上が一時、島を離れました。
避難住民
「不安で夜も眠れなかった」
その後、地震が少なくなり、島民全員が島での暮らしを再開した9月、特別な祭りが行われました。
悪霊を追い払い、生きる力を分け与えようと島民を追いかけ回すのは、仮面神「ボゼ」。
ユネスコの無形文化遺産に登録された、まさに島民の誇りです。
島民
「ボゼがないと悪石島じゃない」
「ずっとずっと守り続けます」
終わりの見えない地震の恐怖に、島民全員で立ち向かう姿がありました。
夏になって鹿児島を襲ったのは記録的な豪雨。
8月8日、前日からの大雨の被害が、霧島市、姶良市で次々と報告されていきます。
霧島支局・徳永健一記者
「姶良市蒲生町の土砂崩れの現場です。住宅が押し流されているのがわかります」
姶良市では裏山が崩れて家屋が倒壊し、住人の30代の女性が亡くなりました。
国道10号線にかかる網掛橋が不通となるなど、私たちの生活を一変させました。
この災害から2週間後、薩摩半島付近で突如発達した台風12号がさらなる被害をもたらします。
坪内一樹キャスター
「鹿児島市の紫原です。横殴りの風が吹きまして、雨が打ちつけています」
特に大きな被害が出たのが、南さつま市です。
加世田川が氾濫し、内山田地区では住宅の2階辺りまで浸水。
住民が消防に救助されました。
鹿児島市でも和田川が氾濫。
周辺では浸水した住宅で泥のかき出し作業が行われました。
8月に発生した2つの豪雨災害で、2人が死亡し、軽傷者は10人。
住宅の浸水被害は約1900棟に上りました。
4カ月たった今も被害の爪痕は、各地に残ったままです。
線路の土台が流出し、不通が続くJR肥薩線では、復旧に向けた工事が始まりましたが、運行再開にはさらに半年を要する見込みです。
こちらは姶良市加治木町にある龍門滝温泉。
市民に愛されるこの施設も、大雨によって設備が破損。
復旧のめどは立たず、館内は被災した当時のまま、乾いた泥が積もっています。
霧島市隼人町の県道475号線は、斜面崩壊により2.3キロにわたり通行止めが続きます。
松永地区自治公民館・津曲博明館長
「付近住民の生活道路なんです。復旧は喫緊の課題」
復旧に向けた工事は2026年2月末に始まる見通しです。
2025年も多くの災害が鹿児島を襲いました。
被災地は復興に向けて着実に前進しています。
しかし、今もなお、元の生活に戻れていない人もいます。
今、私たちには被災地の現状を知り、寄り添う心が求められています。

















































































































