特集 「街の灯台守」が見つめる天文館
2024年5月7日(火) 18:50
南九州一の繁華街・天文館を月に1回パトロールするボランティア団体がいます。
活動は35年以上に渡って続けられ、パトロールの回数は1000回を超えたそうです。
団体の代表を務めるのは76歳の男性。
「街の灯台守」として見つめてきた天文館のうつろいを聞きました。
4月20日、午後11時の天文館です。
おつきや交番の前に、黄色い制服を来た人たちが集まっています。
NPO法人、クリーンパトロール鹿児島のメンバーです。
天文館の治安を良くしたいと、ボランティアで街の見守りを続けてきました。
「美容室やってます」
天文館でお店を営んでいる人たちや、中には地域外から参加する人もいます。
この日は文化通りに泥酔した人が倒れ込んでいました。
アーケード内を見ていくと、至る所に落書きのあとが。
「あー、こいつあちこち書いてるね」
彼らがパトロールを始めたのは35年以上前のこと。
代表の高田秋穂さんは発足当時を振り返ります。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂理事長
「けんかは今もあるが、当時は暴力沙汰も多かった」
若者による暴走行為や深夜徘徊など、治安が問題視されていた当時の天文館。
30年以上前のKTSの映像には、アーケード内で若者と警察がもみ合うシーンも残されています。
そんな天文館の治安をよくしたい。
立ち上がったのが高田さんたちクリーンパトロール鹿児島のメンバーでした。
暴走族のたまり場となっていた天文館地区の道路が、全国で初めて防犯モデル道路に指定された、1988年の7月からパトロール活動が始まります。
こちらは発足から2年の1990年に活動に密着したときの様子。
深夜に徘徊する若者に声をかける高田さんの姿がありました。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂理事長
「18歳未満は午後11時以降は深夜徘徊で補導対象に入る」
当時は洋服店を経営していた高田さん。
今は月1回のパトロールも発足当時は頻繁に行っていたそうです。
「毎晩3カ月間徹底した青少年の補導や防犯活動を頑張りました。この進行した状態から街を浄化するというのは、本当に大変なことだった」
パトロールを始めて15年がたった2003年。
天文館地区に大きな転機が訪れます。
通り会などが中心となって、街に防犯カメラを導入したのです。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「防犯カメラを付けた状態の中で、だいぶそういうの(犯罪行為)も減少してきた」
犯罪抑止や後を絶たない落書き対策のために設置されましたが、行き交う人のプライバシー保護の観点で賛否が分かれました。
そんな中、クリーンパトロール鹿児島では街頭アンケートをしたりして、防犯カメラが適正に運用されているかチェックしてきたそうです。
犯罪や非行防止のパトロールを続けつつ、2007年には天文館近くにできた暴力団事務所の撤退運動にも関わってきました。
天文館の街を照らす灯台守として、35年。
この日はビルの落書きを消す作業が行われました。
1000回を超えるパトロールをなぜ続けてこられたのか?
高田さんに尋ねました。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「やっぱり天文館は県の顔。この顔が暗くなったり笑顔がなくなったり、そうするような状況は好ましくない。笑顔で楽しく遊べる天文館にしたい」
天文館を守ろうという思いは、次の世代に引き継がれています。
メンバー最年少、27歳の兼崎連二郎さんです。
金生町で事業を手がける兼崎さんは、2023年暮れからパトロールに参加しています。
クリーンパトロール鹿児島・兼崎連二郎
「天文館を陰ながら守っているというのに引かれて、参加してみたいなと。『みんなで街を守るんだ』みたいな感じに、若い世代もフラットに集まりやすい環境ができれば」
ゴールデンウィークが明けて、穏やかに人が行き交う7日の天文館です。
コロナの影響か、空き店舗は一層、目立つようになりました。
一方で、外国人観光客の姿も多く見かけるようになりました。
高田さんの目に最近の天文館はどう映っているのでしょうか。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「ビルの上の方に上がると開いている。そこにたばこが捨ててあって。街の中に暗い部分をつくってはいけない。治安の状況が確保されて、楽しく観光をしてもらえているというのが目に見えて分かる」
最後に高田さんにとって天文館とはどんな場所か聞きました。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「天文館のこの街で仲間がいろんな人たちに育ててもらって、恩返しをしっかりとさせていただきたいなと思う気持ちの流れの中で、街の活性化に向けて努力させてもらっている。笑顔のある、慈愛あふれる街というのを、心の中でみんなとチームを組んでやっていけたらいい。大好きな街だから。」
安心安全な天文館を守るために、街の灯台守の活動はこれからも続きます。
活動は35年以上に渡って続けられ、パトロールの回数は1000回を超えたそうです。
団体の代表を務めるのは76歳の男性。
「街の灯台守」として見つめてきた天文館のうつろいを聞きました。
4月20日、午後11時の天文館です。
おつきや交番の前に、黄色い制服を来た人たちが集まっています。
NPO法人、クリーンパトロール鹿児島のメンバーです。
天文館の治安を良くしたいと、ボランティアで街の見守りを続けてきました。
「美容室やってます」
天文館でお店を営んでいる人たちや、中には地域外から参加する人もいます。
この日は文化通りに泥酔した人が倒れ込んでいました。
アーケード内を見ていくと、至る所に落書きのあとが。
「あー、こいつあちこち書いてるね」
彼らがパトロールを始めたのは35年以上前のこと。
代表の高田秋穂さんは発足当時を振り返ります。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂理事長
「けんかは今もあるが、当時は暴力沙汰も多かった」
若者による暴走行為や深夜徘徊など、治安が問題視されていた当時の天文館。
30年以上前のKTSの映像には、アーケード内で若者と警察がもみ合うシーンも残されています。
そんな天文館の治安をよくしたい。
立ち上がったのが高田さんたちクリーンパトロール鹿児島のメンバーでした。
暴走族のたまり場となっていた天文館地区の道路が、全国で初めて防犯モデル道路に指定された、1988年の7月からパトロール活動が始まります。
こちらは発足から2年の1990年に活動に密着したときの様子。
深夜に徘徊する若者に声をかける高田さんの姿がありました。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂理事長
「18歳未満は午後11時以降は深夜徘徊で補導対象に入る」
当時は洋服店を経営していた高田さん。
今は月1回のパトロールも発足当時は頻繁に行っていたそうです。
「毎晩3カ月間徹底した青少年の補導や防犯活動を頑張りました。この進行した状態から街を浄化するというのは、本当に大変なことだった」
パトロールを始めて15年がたった2003年。
天文館地区に大きな転機が訪れます。
通り会などが中心となって、街に防犯カメラを導入したのです。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「防犯カメラを付けた状態の中で、だいぶそういうの(犯罪行為)も減少してきた」
犯罪抑止や後を絶たない落書き対策のために設置されましたが、行き交う人のプライバシー保護の観点で賛否が分かれました。
そんな中、クリーンパトロール鹿児島では街頭アンケートをしたりして、防犯カメラが適正に運用されているかチェックしてきたそうです。
犯罪や非行防止のパトロールを続けつつ、2007年には天文館近くにできた暴力団事務所の撤退運動にも関わってきました。
天文館の街を照らす灯台守として、35年。
この日はビルの落書きを消す作業が行われました。
1000回を超えるパトロールをなぜ続けてこられたのか?
高田さんに尋ねました。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「やっぱり天文館は県の顔。この顔が暗くなったり笑顔がなくなったり、そうするような状況は好ましくない。笑顔で楽しく遊べる天文館にしたい」
天文館を守ろうという思いは、次の世代に引き継がれています。
メンバー最年少、27歳の兼崎連二郎さんです。
金生町で事業を手がける兼崎さんは、2023年暮れからパトロールに参加しています。
クリーンパトロール鹿児島・兼崎連二郎
「天文館を陰ながら守っているというのに引かれて、参加してみたいなと。『みんなで街を守るんだ』みたいな感じに、若い世代もフラットに集まりやすい環境ができれば」
ゴールデンウィークが明けて、穏やかに人が行き交う7日の天文館です。
コロナの影響か、空き店舗は一層、目立つようになりました。
一方で、外国人観光客の姿も多く見かけるようになりました。
高田さんの目に最近の天文館はどう映っているのでしょうか。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「ビルの上の方に上がると開いている。そこにたばこが捨ててあって。街の中に暗い部分をつくってはいけない。治安の状況が確保されて、楽しく観光をしてもらえているというのが目に見えて分かる」
最後に高田さんにとって天文館とはどんな場所か聞きました。
クリーンパトロール鹿児島・高田秋穂さん
「天文館のこの街で仲間がいろんな人たちに育ててもらって、恩返しをしっかりとさせていただきたいなと思う気持ちの流れの中で、街の活性化に向けて努力させてもらっている。笑顔のある、慈愛あふれる街というのを、心の中でみんなとチームを組んでやっていけたらいい。大好きな街だから。」
安心安全な天文館を守るために、街の灯台守の活動はこれからも続きます。