北朝鮮拉致問題 市川さん夫妻が中学校で協力呼びかけ 関心寄せ3年活動の高校生 「バトンを託す」【鹿児島】
2026年6月8日(月) 18:40
北朝鮮による拉致被害者家族の市川さん夫妻と、拉致に関心を寄せる高校生が鹿児島県薩摩川内市の中学校で拉致問題解決への協力を呼びかけました。
市川修一さんの兄・市川健一さん
「生き地獄という言葉がある。まさにそのような心境の毎日」
薩摩川内市の祁答院中学校で講演を行ったのは、市川健一さんと妻・龍子さんです。
市川さんの弟、市川修一さんは1978年8月12日、夕日を見に訪れた日置市の吹上浜で増元るみ子さんとともに北朝鮮に拉致されました。
市川さんは65人の中学生に拉致問題に関心を持つよう呼びかけました。
市川修一さんの兄・市川健一さん
「拉致問題を忘れないでください。皆さんの力をどうか私たち家族にお貸しください」
そして、もう一人登壇したのは、この学校の卒業生で拉致問題に関心を寄せる川内高校3年の羽島奈穂さんです。
川内高校3年・羽島奈穂さん
「皆さんの大切な方が急に明日からいなくなったら。それが拉致です」
こう話した羽島さんは中学3年生の時に書いた作文を朗読しました。
市川さんの自宅を訪れ、直接聞いた話をもとにつづったもので、題名は「市川さんに託されたバトン」。
川内高校3年・羽島奈穂さん
「市川さん夫妻から託されたこのバトン。今度は私が皆に広く伝え、渡す番だ」
市川さんからバトンを受け取った羽島さん。
それからの3年間、市川さんとともに県内各地におもむき署名を呼びかけたり、志をともにする高校生たちと協力して拉致問題の啓発イベントを主催しました。
しかし、2027年に受験を控える羽島さんの活動は8日で一区切り。
後輩たちにバトンを渡すため、受験勉強の合間を縫って母校を訪れたのです。
川内高校3年・羽島奈穂さん
「皆さんにきょうバトンを託しました。私たちにしかできないことを日々探していきましょう」
拉致被害者家族の悲痛な叫び、そして、活動を続ける先輩の訴えを聞いた中学生たちはー。
講演を聞いた中学生
「風化させてはいけないし、これからも考え続けることが大事だとひしひしと感じた」
「若い世代が行動しないといけないものだと考えを改めた」
市川修一さんの兄・市川健一さん
「生き地獄という言葉がある。まさにそのような心境の毎日」
薩摩川内市の祁答院中学校で講演を行ったのは、市川健一さんと妻・龍子さんです。
市川さんの弟、市川修一さんは1978年8月12日、夕日を見に訪れた日置市の吹上浜で増元るみ子さんとともに北朝鮮に拉致されました。
市川さんは65人の中学生に拉致問題に関心を持つよう呼びかけました。
市川修一さんの兄・市川健一さん
「拉致問題を忘れないでください。皆さんの力をどうか私たち家族にお貸しください」
そして、もう一人登壇したのは、この学校の卒業生で拉致問題に関心を寄せる川内高校3年の羽島奈穂さんです。
川内高校3年・羽島奈穂さん
「皆さんの大切な方が急に明日からいなくなったら。それが拉致です」
こう話した羽島さんは中学3年生の時に書いた作文を朗読しました。
市川さんの自宅を訪れ、直接聞いた話をもとにつづったもので、題名は「市川さんに託されたバトン」。
川内高校3年・羽島奈穂さん
「市川さん夫妻から託されたこのバトン。今度は私が皆に広く伝え、渡す番だ」
市川さんからバトンを受け取った羽島さん。
それからの3年間、市川さんとともに県内各地におもむき署名を呼びかけたり、志をともにする高校生たちと協力して拉致問題の啓発イベントを主催しました。
しかし、2027年に受験を控える羽島さんの活動は8日で一区切り。
後輩たちにバトンを渡すため、受験勉強の合間を縫って母校を訪れたのです。
川内高校3年・羽島奈穂さん
「皆さんにきょうバトンを託しました。私たちにしかできないことを日々探していきましょう」
拉致被害者家族の悲痛な叫び、そして、活動を続ける先輩の訴えを聞いた中学生たちはー。
講演を聞いた中学生
「風化させてはいけないし、これからも考え続けることが大事だとひしひしと感じた」
「若い世代が行動しないといけないものだと考えを改めた」
















































































































