60年の歴史に幕 『最後の准看護学校』卒業式、地域医療の未来に問いかける
2026年3月6日(金) 23:40
春は出会いと別れの季節です。
県内では唯一の公立の准看護学校だった鹿児島県肝付町の高山准看護学校が約60年の歴史に幕を下ろし、5日、最後の卒業式と閉校式が行われました。
5日、高山准看護学校では閉校を前に校舎の一般開放が行われ、卒業生が学生時代を懐かしんでいました。
卒業生
「このタオルケット、懐かしー!」
「年季が入ってますね」
「懐かしいです。あっという間に過ぎ去ったなと今になって思います。社会人で入学したので意地でも卒業して看護師になると頑張っていた」
当時の担任
「それぞれの病院で立派にやっているから頼もしい」
1968年に開校した高山准看護学校。
中学校を卒業した女子生徒が手に職を付け、地元に残って働けるようにと設立されました。
2年間の授業を終え、都道府県ごとに行われる試験に合格すれば、准看護師の資格を得ることができます。
高山准看護学校・橋元ツヤ子副校長
「昭和52年にここに務めて、その頃は中卒の学生がほとんどでみんな寮にいた。15歳の子供たちで家族のような感じだった」
開校時は子供たちの学びの場だった高山准看護学校ですが、近年は、一度社会に出た人たちが入学するケースがほとんど。
公立学校だからこその月に1万円という低額な授業料も人気の理由でした。
しかし、そんな高山准看護学校も、2011年ごろから定員を大きく割り込むようになります。
専門基礎科目を教える地域の医療関係者からも、高齢などを理由に辞退が相次ぎ、指導者の確保も困難に。
県内の公立の准看護学校としては最後の砦だった高山准看護学校も、ついに閉校が決まってしまいました。
橋元つや子副校長
「人口減に伴って募集もどんどん少なくなって、定員25人だがここ数年間は10人前後。今は看護大学も県内にいくつかできたし、高校卒業から看護学校に3年間行くケースも多くなっている」
5日執り行われた卒業式。
最後の卒業生は20歳から40代までの男女10人です。
半分以上が子育てをしながら学校に通っていたそうです。
一人一人に卒業証書が手渡され、代表して赤野翔祐さんがお礼の言葉を述べました。
卒業生代表・赤野翔祐さん
「入学する前からきょうまで、いつも心配しながら自分も仕事をしながら、大変な中、僕の背中を押し続けてくれた家族のみんな本当にありがとう」
卒業式に続いて閉校式も行われました。
会場には歴代の職員や卒業生、医師会の関係者らが集まり閉校を惜しみました。
代表であいさつしたのは、肝付町の開業医で、名物校長だった小野一夫さん98歳です。
第4代、第8代、第12代校長・小野一夫さん(98)
「良くもったものだと思う。万感胸に迫る。チャットGPTというもので調べたら「閉校式は祝事」ということで、私としては少し違和感があったんですけれど」
約60年にわたる歩みの中で、高山准看護学校を卒業したのは1033人。
その多くが地域医療の担い手として地元に残って働いていると言います。
鹿屋市医師会・岩元正広副会長
「私は耳鼻咽喉科で私の医院にもここの卒業生が3人いる。地域の医療介護をどのように支えていくかは私たちにとって非常に大きな問題と思う」
最後の卒業生
「患者さんに寄り添えて安心してもらえる看護師になりたい」
校訓は、「愛情」「忍耐」「責任」。
学校はなくなってもその教えはずっと卒業生の心に残り続けることでしょう。
県内では唯一の公立の准看護学校だった鹿児島県肝付町の高山准看護学校が約60年の歴史に幕を下ろし、5日、最後の卒業式と閉校式が行われました。
5日、高山准看護学校では閉校を前に校舎の一般開放が行われ、卒業生が学生時代を懐かしんでいました。
卒業生
「このタオルケット、懐かしー!」
「年季が入ってますね」
「懐かしいです。あっという間に過ぎ去ったなと今になって思います。社会人で入学したので意地でも卒業して看護師になると頑張っていた」
当時の担任
「それぞれの病院で立派にやっているから頼もしい」
1968年に開校した高山准看護学校。
中学校を卒業した女子生徒が手に職を付け、地元に残って働けるようにと設立されました。
2年間の授業を終え、都道府県ごとに行われる試験に合格すれば、准看護師の資格を得ることができます。
高山准看護学校・橋元ツヤ子副校長
「昭和52年にここに務めて、その頃は中卒の学生がほとんどでみんな寮にいた。15歳の子供たちで家族のような感じだった」
開校時は子供たちの学びの場だった高山准看護学校ですが、近年は、一度社会に出た人たちが入学するケースがほとんど。
公立学校だからこその月に1万円という低額な授業料も人気の理由でした。
しかし、そんな高山准看護学校も、2011年ごろから定員を大きく割り込むようになります。
専門基礎科目を教える地域の医療関係者からも、高齢などを理由に辞退が相次ぎ、指導者の確保も困難に。
県内の公立の准看護学校としては最後の砦だった高山准看護学校も、ついに閉校が決まってしまいました。
橋元つや子副校長
「人口減に伴って募集もどんどん少なくなって、定員25人だがここ数年間は10人前後。今は看護大学も県内にいくつかできたし、高校卒業から看護学校に3年間行くケースも多くなっている」
5日執り行われた卒業式。
最後の卒業生は20歳から40代までの男女10人です。
半分以上が子育てをしながら学校に通っていたそうです。
一人一人に卒業証書が手渡され、代表して赤野翔祐さんがお礼の言葉を述べました。
卒業生代表・赤野翔祐さん
「入学する前からきょうまで、いつも心配しながら自分も仕事をしながら、大変な中、僕の背中を押し続けてくれた家族のみんな本当にありがとう」
卒業式に続いて閉校式も行われました。
会場には歴代の職員や卒業生、医師会の関係者らが集まり閉校を惜しみました。
代表であいさつしたのは、肝付町の開業医で、名物校長だった小野一夫さん98歳です。
第4代、第8代、第12代校長・小野一夫さん(98)
「良くもったものだと思う。万感胸に迫る。チャットGPTというもので調べたら「閉校式は祝事」ということで、私としては少し違和感があったんですけれど」
約60年にわたる歩みの中で、高山准看護学校を卒業したのは1033人。
その多くが地域医療の担い手として地元に残って働いていると言います。
鹿屋市医師会・岩元正広副会長
「私は耳鼻咽喉科で私の医院にもここの卒業生が3人いる。地域の医療介護をどのように支えていくかは私たちにとって非常に大きな問題と思う」
最後の卒業生
「患者さんに寄り添えて安心してもらえる看護師になりたい」
校訓は、「愛情」「忍耐」「責任」。
学校はなくなってもその教えはずっと卒業生の心に残り続けることでしょう。



















































































































