あなたの小さい頃の夢はなんですか?
夢を思い続けて、かなえるって意外と難しい。
もちろん夢が途中で変わるなんて、当たり前のこと。
だからこそ小さい頃の夢をかなえた人って、ちょっとすごいなって思ってしまう。
この春ナマ・イキが出会ったのは、1年前に鹿児島を離れて福島県いわき市で小さい頃からの夢を叶えた女の子。
彼女はフラガール。
◆鹿児島出身のフラガール・吉村めいさん
『あ~私。この舞台で踊っているんだなと思うと毎日泣きそうになります。』
福島県いわき市にあるスパリゾートハワイアンズ。東京ドームの6倍という広さに、天然温泉を使った様々なアミューズメントが集まった、子どもから大人まで楽しめる大型施設です。世の中にまだテーマパークなんていう言葉がなかった1966年、あこがれの地、ハワイをイメージして誕生したのが、スパリゾートハワイアンズの前身「常磐ハワイアンセンター」。今も昔もシンボルといえば、華麗に舞うフラガールたち。毎日パーク内のステージでショーを披露しています。フラガールの一人、吉村めいさん(19歳。)は指宿市出身。去年夢だったスパリゾートハワイアンズのフラガールになりました。フラガールは現在34人。地元福島や関東出身のフラガールがほとんど。鹿児島出身のフラガールはめいさんが初めてです。
◆フラガールを目指して
小さい頃から踊ることが大好きだった、めいさん。公演に訪れた琉球舞踊に魅せられて、「あの踊りがやりたい!」と琉球舞踊を習うために、お母さんと沖縄へ移住したのは5歳の時。幼稚園に通いながら、ステージに出演していました。小学校入学と同時に地元指宿に戻ってきて、今度は日本舞踊の世界へ。そして小学3年生のとき、めいさんの夢を決定づけるものに出会います。2006年に公開された映画「フラガール」。スパリゾートハワイアンズがモデルになった映画です。「わたしもこの舞台で踊りたい!」そこから、めいさんのフラガールへの道がスタート。まず地元のフラダンスチームへ入団。自分のおばあちゃんと同じ世代のメンバーに見守られながら、フラダンスの楽しさにのめり込んでいきました。中学生になるとフラダンスはもちろん、タヒチアンダンスのレッスンも。夢を叶えるために、できることはなんでもやってきました。そして2017年3月。夢だったスパリゾートハワイアンズに入社。
◆憧れの舞台へ
入社後は舞台デビューへ向け、ダンス学校「常磐音楽舞踏学院」でレッスンの毎日。ダンスのステップや腕の振り方など基本的な動きを、元フラガールの先生からみっちりとたたき込まれました。温泉とフラ。そして明るい雰囲気は、ふるさと指宿に似ていて、めいさんはもっとこの場所が好きになりました。そして2017年8月。同期の仲間とともにデビュー。デビュー公演には1500人ものお客さんが。先輩ダンサーと一緒に堂々とフラやタヒチアンダンスを披露しました。この日は家族や幼なじみもはるばる鹿児島から駆けつけ、夢をかなえた喜びを分かち合いました。あこがれだった舞台に立つ毎日。ステージで踊るめいさんはキラキラ輝いていて、観ているだけで私たちを笑顔にしてくれます。鹿児島からやってきた新米フラガールは、ハワイアンズの常連さんの間でもちょっと話題になっているみたい。
◆身長制限
夢の舞台で、あこがれだった人たちと一緒に踊れる日々。でもめいさんにとってハードルもありました。めいさんの前に立ちはだかったのは、身長制限。フラガールになるには、踊りはもちろん、すらっとした高い身長が必要だったんです。小柄なめいさんは会社に電話をかけて直談判!そんな強い気持ちが通じたのか、めいさんの受験の時は、なんと身長制限が160センチ以上から155センチ以上に下がったんだそうです。強い気持ちが運までも引き寄せたのかもしれません。
◆東日本大震災発生 いわき市直下型地震発生
福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズは、7年前に東日本大震災やその後の直下型地震によって大きな被害を受けた場所でもあります。施設は休業。フラガールも自宅待機の状態に。
「震災から立ち上がるために自分たちにできることはないか?」
「フラで日本中を元気に、笑顔にしたい」
フラガールたちは立ち上がりました。それが「フラガール全国きずなキャラバン」です。避難場所の慰問や全国各地で無料公演を行いました。全国巡業を行うのは、初代フラガール以来46年ぶりのこと。北は青森から南は宮崎まで。半年間で全国125 箇所、247公演を行いました。つらさをひとつも見せず、みんなを笑顔にするために活動するフラガールの姿は、多くの人の共感と感動を呼びました。
ソロダンサーのマカレア麻衣さんもそのキャラバンに参加したメンバーの一人です。
『震災前までは踊ることで楽しい、お客様に観ていただくだけ、の気持ちだったかもしれません。正直。通常のショーだと、私たち生バンドで、そしてファイヤーダンサーがいて。そして音響や照明のテクニカルチームがいて、ひとつのショーを作り上げて踊る環境ができていて、当たり前だったんですけど、やはり震災が来て全国キャラバンってなったときは全員で行くことができなかったので、改めて震災後にオープンしてメンバー全員が揃って一つのショーを作り上げているって言う楽しさだったり、大切さであったりっていうのを感じられました。』
そして、鹿児島出身のフラガール、吉村めいさんもその気持ちを強くした一人です。
『自分たちも被災した身なのに避難所を回ってショーをしたりしているのをみて、被害を受けていない私たちがなにもやっていないで、被害を受けた人たちががんばっているのに、私もなにか力になりたいっておもって、さらにここに来たいっていう気持ちが強くなりました。全国キャラバンを経験したメンバーも残り5名になりまして。自分たちが震災で感じたことだったり、経験したこと、応援してもらったことこれから先も後輩たちに伝えていくのが、私たちの役目なのかな。』
震災から7年。フラガールのあのときの思いは、ちゃんと繋がっています。
◆支えてくれる家族、仲間
鹿児島からおよそ1500キロも離れた福島県いわき市。お客さんが笑顔になるステージを作るため、ショーの合間も練習を重ねています。忙しい充実した毎日のおかげでホームシックになる暇もなかったといいます。鹿児島と福島。遠く離れているため、大好きな家族とはなかなか会えません。優しいお父さん。なんでも相談できるお母さん。そしてかわいい妹。家族みんながめいさんの夢を後押ししてくれたいちばんの応援団です。家族と会えないのはさみしいときもあるけれど、一緒に踊る11人の同期と尊敬する先輩たちというかけがえのない存在も出来ました。めいさんの次の目標は、まずは身近なお客様を笑顔にすることを目標に、そして経験をかさねて先輩方のようなソロのダンサーになることだそうです。
めいちゃん。これからも、ひまわりのような笑顔で輝きつづけてね!